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大西家の家祖は、山城の国・南山城広瀬村の出身で、当初は広瀬姓を名乗っていました。
その地は現在の京都府南山城村大字田山小字広瀬にあたります。
府下では唯一の村で、京都府と滋賀・三重・奈良の三県境に位置しています。 釜師・大西家は、初代浄林が二人の弟達と京へ上洛し、三条釜座の座人になったのが始まりです。(1620年頃) 初代浄林以降、十五代浄心まで隠居名で数え、当代(十六代)は清右衛門を名乗ります。 (下表参照、代をクリックしますと作品を表示します) |
| 初代 | 浄 林 | (1590〜1663) | 当時の草庵風の京作とは異なる書院風の独自の作風を確立 |
| 二代 | 浄 清 | (1594〜1682) | 比較的浅い砂気のある独特の地肌を打ちつくり、ざんぐりとした釜が多い |
| 三代 | 浄 玄 | (1630〜1684) | 釜肌の研究をつみ、文字などを鋳込み枯淡味のある釜を作る |
| 四代 | 浄 頓 | (1645〜1700) | 書院風の広間向きのものが多く、模様のある「きれいさび」の浄林・浄清の作風を受け継ぐ |
| 五代 | 浄 入 | (1647〜1716) | 形は京作風のものが多く、砂気のある地肌で書院風の「きれいさび」の釜が多い |
| 六代 | 浄 元 | (1689〜1762) | 浄元の代より千家出入りの釜師となり、侘び茶風の大西釜の作風を展開 |
| 七代 | 浄 玄 | (1720〜1783) | 大西家の中興の祖 作風は入念で、よく整った美しい気品のある釜が多い |
| 八代 | 浄 本 | (1747〜1785) | 草庵向きの茶気のある釜を作る |
| 九代 | 浄 元 | (1749〜1811) | 作風は精作で上品な典雅なものが多く、つまみや座に至るまでよく吟味されている |
| 十代 | 浄 雪 | (1777〜1852) | 草庵好み、侘び茶向きの釜の製作に努力を傾ける |
| 十一代 | 浄 寿 | (1808〜1875) | 作風は大胆で力強く、かつ典雅な趣深い作品が多い |
| 十二代 | 浄 典 | (1841〜1869) | 作品は少ないが、海老鎧付の釜などおとなしい繊細な作風 |
| 十三代 | 浄 長 | (1866〜1943) | 山本春挙や橋本関雪の下絵を釜に鋳込み新しい京釜の展開を試みる |
| 十四代 | 浄 中 | (1888〜1960) | 独自の地肌を作り始め、即中斎宗匠の字や絵を鋳込んだ華やかな釜が多い |
| 十五代 | 浄 心 | (1924〜2002) | 東山魁夷下絵の釜などを作る |
| 十六代 | 清右衛門 | (1961〜 ) | 平成二年十六代襲名 芦屋釜の秘法を解明 |